無表情なコウモリは繊細カメレオン

説明などない。裏も表も縫い目は縫い目。

仕事とは。

小学校5年生まで、雑誌の編集長をやっていました。

ひとりでたくさんの記事を書いて、読者の声の欄も書いて、写真の代わりに絵を描いて、編集後記も。

それはそれは忙しい毎日でした。

月刊誌で、読む人は私だけなので原本以外刷る必要もなかったのですが、毎月決まった日に必ず出来上がってないと気が済まないためいつも締め切りに追われていました。

 

一番難関なのは箸休め的に入る四コマ漫画で、絵が苦手な私は毎回困っていました。

 

一番好きだったのは、読者(私)から寄せられた悩み相談に専門家(私)が答えるコーナーでした。

「法りつのせん門家の私から言わせると、それは罪になります!気を付けて!(べんごし・まゆみ先生)」みたいな感じのお返事が来ます。

「その場合は、コーナンで買ってきた道具ではむりだからぎょう者にたのんでね!(けんちく業親方・ひろしさん)」みたいな専門家もいます。

 

締め切りに追われ、記事を書く生みの苦しみにあえぎながらも、充実した日々でした。

 

いま思うと、あの時のあの編集長時代の下積みが、この人生においての大切な糧になっているのです。たぶん。否、たぶんそれは嘘。

 

学校の休み時間も、帰宅後もその仕事を忙しくやっていたということは、友達がいなかったのだと思います。

 

 

編集長の仕事は何年も続いていましたが、小5の冬、阪神大震災で負傷し入院したことによってそれは終わりを迎えました。締め切りを守れなかったことに絶望し、もう続けることは出来ないと、筆を折ったのです。

たまに、読者(私)から励ましのお手紙も届きました。「毎月楽しみにしていました。廃刊になったらさみしいです!」などと。

しかし、編集長として、乗り越えられない挫折をあじわったのでもう復刊することはありませんでした。

 

 

おわり。