無表情なコウモリは繊細カメレオン

説明などない。裏も表も縫い目は縫い目。

だぶだぶの服。

私は愚行ばかり繰り返してきたが、精神病院に入院する少し前、一番の愚行をやらかした。

 

皆が寝静まった深夜にリビングでひとり広告の裏に文字を書き殴った。

「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい起きたくない死にたい死にたい死にたい私が悪いしにたいしにたいしにたい悪いのは私だけ?死にたい死にたい死にたいごめんなさい・・・・・」

びっしりと。明らかに異常な書き様だった。そしてそれを、リビングのテーブルに放置して寝た。

私は、そんなアピールをするような行為が大嫌いで、まさか自分がそんなことする人になるとは思ってもみなかった。

 

翌朝、珍しく一番に起きてそれを目にしたのは元旦那だった。その人は、それをなかったことにした。

その人は常日頃から、私の何もかもを、なかったことにしていた。その時も、私の書いたそれを裏返しにして置いていたということはそれの存在に気付いていたのに、なかったことにした。

どうしてもらえたら満足だったのかはわからないけど、なんだかもう、私の頭の芯の冷え切り方がすごくて、笑いさえこみ上げてきた。

 

私の「死にたい」は、「死ね」の間違いだったのかもしれない、と思った。

おまえら死ね、と、元旦那と元姑に言いたいのに言えないからそうなったのかもしれない。

 

その2か月後くらいの朝、私はキレた。人生で初めて、自分がどうなっているのかわからないほどキレて、汚い言葉でその人たち親子を罵った。

笑いながら物も投げた。

そして、頼むから精神病院に入れてくれと懇願した。

 

その頃の私は、体重がどんどん減る一方で通院しても一向に食事を胃にとどまらせることが出来るようになっていなかったし、子供の行事に参加する時でもリスパダールの液体を何本も何本もチューチュー吸いっぱなしでまともな状態ではなかった。

仕事に行こうとして、車を停めた駐車場で意識を失って夕方まで眠りこけていたこともあった。

たぶんだいぶ前からもう、普通の顔をしていなかった。

 

私は、初めて正気を失うという経験をしてから、人に怒りを感じるとか恨むということが出来るようになった。それまで自分以外に怒りを向けることがなかったから、それはいいことだった。

 

私は、今はもう死にたいとは思わない。人に対して死ねとも思わない。リスパダールもお酒もいらない。

 

 

おわり。